ラマダンと夏… 2014年は6月下旬のスタートです。

アスラマ!

早速ご案内ですが、今年2014年、ヒジュラ暦1435年のラマダンは6月末〜7月末です。
概ね、6月28日頃のスタート。
イスラム暦の1ヶ月はグレゴリオ暦の1ヶ月より短いですので、7月25日〜27日ぐらいがラマダン明けになるかと予想されます。
ラマダン明けのお祭りは初日は遺跡の入場が出来ませんので特に注意が必要です。

同時期にご旅行お考えのお客さまはお気をつけ下さい!!


※個人旅行の場合※
お食事:
ツーリスティックなレストランであれば問題なくお食事を取ることが出来ます。
町中の食堂は日中は営業せず、夜も営業しない店舗もあります。
移動:
弊社専用車手配でしたら問題ありません。ただし、通常よりツアー出発時間を早めにし、終了も日没前に早めに終わる日程でお願い申し上げております。
夕方、日没前は人々が一斉に帰宅し、ラマダン明けの食事(イフタール)に向かいます。
この時間帯はタクシーも街中から姿を消しますのでお気をつけ下さい。
お買い物:
スーパーマーケットはいあいていますが、その他の店舗は流動出来です。
メディナは開いていますが、夕方早めに閉店致します(15時前後等)。
ラマダンの後半には夜間も営業する店舗もございます。

その他、ご旅行お考えの皆様は詳細お気軽にお問い合わせくださいませ。




ムハンマド生誕祭 イード・ムウレド

サラーム!
新年明けまして最初の投稿となりました。

年末年始は沢山のお客様にお越しいただき、誠にありがとうございました。


さて、日本では正月休み開けで最初の連休成人の日だった13日。
チュニジアはイスラームのお祭り『イード・モウレド』ムハンマド生誕祭で祝日でした。

この日は各家庭でズグーグというちょっと苦いナッツのクリームを食べます。
写真は筆者の大家さんが下さったお手製ズグーグも・ど・き!!

彼女曰く、私はズグーグ作れないのでノワゼットで作るの、と。
見た目はズグーグと同じです。
ナッツベースの苦甘いクリームの上にアーモンドやくるみ、ピスタチオでキレイにデコレーションします。
要は甘ったるいクリームを舐める、柔らかいプリンみたいなものです。

そして今筆者がこの文章を書いている今日、14日は革命記念日。
お昼にブルギバ通りへ出た時はデモ行進で人が集まっているものの、その隣ではカフェで家族連れがご飯を食べていたり、歳の差カップルがお茶しておしゃべりに花を咲かせていたり。
メディナのお店も殆ど開店!!平和的デモの状態でした。


今年のチュニジアはどうなるのでしょうか!!




トズールのメディナを10倍楽しむ

旅行での楽しみの一つは、町を散策することですよね!

中でもイスラムの国に来たら、絶対歩きたいのはメディナ!
異国情緒の漂う旧市街を歩くと、今でも伝統的な生活の名残をみてわくわくします。

今回は、レンガで出来たレゴみたいな旧市街、トズールのメディナをご紹介します。



トズールのメディナは、基本的に全部レンガ造りになっています。

路地をしばらく歩くと、かならず広場があります。
これは子供の遊び場にもなりますが、そこで勉強したり出来るようになっていたそうです。

かわいいレンガの模様にも意味があります。

上記の写真にある<>の模様は、目を現しています。
邪視という、人の悪意や悪霊が家の中に入らないように護る意味があります。



この折れ線は、へびを表しています。
へびは、水の流れを表します。水は、命や魂の生まれ変わり、永遠を表しています。



この六角形の枠は、ラクダを表したものです。
そこから転じて、六角形は女性の体や出産を象徴するものとなり、
女性らしさの象徴として使われます。




これは、蜂の巣を表しています。
イスラムでは、誕生や愛、幸福が蜂の巣から出てくると信じられています。

いまは子供が石を投げて、入れる遊びをしているので、石がいっぱい入ってます。
やってみましたが、これが結構難しかったです。

また、写真を取れなかったのですが、緑色のドアがある建物は、すべてモスクです。
緑色はイスラムにとっては、死んだあとにいく天国や楽園を象徴する色だからです。

あともう一つおもしろかったのがこちら。



「なんでこんなところにパンや新聞がはさまってるか知ってる?」と教えてくれたのは、
トズールに住むチュニジア人の友人F。

「アラビア語は神様がくれたコーランの言葉。パンは神様がくれた大事な食べ物。
僕らはそれが地面に落ちているのが嫌いなのさ。だから見つけると、こういうところにはさむんだよ」

へえええぇ〜そういえばチュニスでもよく見るけどそういう意味があったんだな〜と感心していると、
日本から来た友人が一言。

「ならこんなところにはさまないで、持って帰ってからちゃんと捨てればよくない?」

たしかに!!!!
そもそも道にゴミを捨ててはいけません。というお話でした。



【閲覧注意】犠牲祭〜イード・アル・アドハー 第3弾

羊の生々しい処理は、第2弾までですが、
今回は処理した羊の色々な利用法についてご紹介します。

ここでも過激な写真がありますので、苦手な方は読まないでください。


まずは、頭です。
いきなり過激ですね、すいません。



まずは、炭火で焼きます。



焼いてくれているのは、友達の旦那さんの弟の奥さんのお母さん(遠っ!)です。



焼けて毛がなくなって、骨だけになったら、
角をナイフで落とします。



これは、最後に真っ二つに割って
「ヘルグマ」という脳みそ料理になります。
足などと一緒にヒヨコマメと足と一緒に火にかけて食べたり、
クスクスに入れたりもします。

次は、内臓です。

まずすい臓を取り出して、お守りとして家に飾られます。

※写真がなくてごめんなさい。


小腸や胃、大腸などを取り出して、よ〜く洗い、灰汁抜きします。



細かく切って、



野菜と混ぜて胃に詰めて、
針と糸を使って再度縫い合わせます。

これだけ聞くと怖いですね・・・。



この詰め物のことを「オスベン」と呼びます。

これは、クスクスソースに一緒に入れてクスクスオスベンという料理になります。



お肉は普通にバーベキューです。
モモ肉やレバー、腰肉を食べます。
炭火なのでおいしいです。




あとは毛皮です。



これはもちろん本物の羊毛ですので、
洗って干して絨毯にしたり、
いらないという家は回収業者に売ったりします。


殺したからには無駄にしない!
この精神を、私たちも大事にしたいものです。

日本の伝統的お正月同様、
イードのときは近所中、親戚中が挨拶にきて、ご飯を一緒に食べます。

家族のつながりをなによりも大事にするイスラム教らしい行事ですね。






【閲覧注意】犠牲祭〜イード・アル・アドハー 第2弾

犠牲祭の記事の第1弾では、実際に羊に手を下す前の準備と心得?をご紹介しましたので、
いよいよ実際に羊をどう処理するかをご紹介します。

なるべく配慮してありますが、過激な写真もあるので苦手な人はこの先は読まないでください。


まず、男たちが羊を取り押さえ、
「ビスミッラー(神の御名の下に)」と唱え、喉をナイフで切ります。
この写真はさすがに掲載しません。



ここで感心してしまうのは、血が噴き出さない場所を彼らはよく知っているのです!

血が出てしまったら、次に後ろ足に切り込みをいれ、そこから棒を入れます。
そして、そこから空気をいれ羊をふくらませます。





すごい肺活量だな〜と感心していましたが、さすがに3匹は辛いようで、
なんと自転車の空気入れを持ち出しました!



空気が入って膨張したら、毛皮がはぎやすくなります。
足の方からするっとナイフ1本ではいでいきます。




次に足先を切り落としたら、紐でつるします。




皮がなくなってきれいになったら、内臓を取り出します。



すい臓は、インシュリンを作り出すので、健康のお守りとして家に飾られます。

※写真がなくてすみません。

あとはパーツごとに切り分けて終わりです。



ここまで来たら、お肉屋さんにぶら下がっているのともう同じです。


第3弾では、処理された羊がどんな料理になるのか、無駄のない使い方をご紹介します。









【閲覧注意】犠牲祭〜イード・アル・アドハー 第1弾

いわゆる日本では「犠牲祭」と呼ばれるイスラム教の祝日が、10月15、16日にありました。
この祝日の由来については、調べると、ええ!と言う様な出来事を祝っているのですが、
イメージとしては、日本のお正月のようなものです。

このイードアルイドハーはヒジュラ暦の12月8日からメッカへの大巡礼が行われた後の、
12月10日から行われます。
旅行社としては、この太陰暦を使う(つまり月の動きで日にちが決まるので)、
いつ始まるのかギリギリまでわからない祝日に毎年頭を悩まされるわけですが、
この犠牲祭では実際に何をしているかというと、
各家庭で羊を買ってまるまる捌いてBBQや料理にして頂きます。

私も今年で4回目の犠牲祭ですが、毎年チュニジアのご家庭にお邪魔して祝っています。

犠牲祭の準備は、この10日くらい前から始まります。
何をするかというと、もちろん羊を購入するところから。
大型スーパーでは羊用特設会場が設営され、市場には羊で溢れるようになります。
子どもたちは、自分の羊に縄をつけて友達同士で見せびらかします。





写真:嬉しそうに自分の羊をみせるチュニジア人の子供

各家庭に羊が購入されたら、さぁ大変。
アパートでは2日前くらいから、中庭でメエメエメエメエ夜通し鳴くので、眠れません。
2日後には亡くなるかと思うとその声も物悲しく聞こえます。

そしていよいよ犠牲祭の当日。
成人男性たちが、羊を取り押さえて連れてきます。



イスラム教では、羊を自分で処理できるようになって、
初めて一人前の男として家族に認められます。
ですので小さい頃から家族がやっているのを手伝います。

犠牲祭△帽圓前に、「なんて残酷な!」と思われる方に、
私のチュニジア人の友人から言われた言葉をご紹介し、実際に羊をどうやって処理するのかをご案内したいと思います。

「この犠牲祭は、単に羊を殺して焼いて食べることが目的ではないんだよ。
外国人は残酷だと言うかもしれないけど、自分の手を下すことは、むしろ羊に対する慈悲の気持ちからなんだ。
実際に生と死の境を目の当たりにすることで、命の大切さ、死ぬとはどういうことなのか、
生きていることや食べ物が食べられることに感謝することが、犠牲祭の意義なんだ」

その言葉を胸に、今年は私も実際に羊の処理を体験したのでした・・・。


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